#87 7月17日(金)人工知能投資への警戒感とマクロ指標の底堅さが交錯する市場動向

主要ニュースと経済指標

6月の米住宅着工件数は年率換算で143万戸となり、前月比19パーセントの急増を記録して市場予想を上回りました。この伸びは集合住宅の着工が76パーセント増加したことが主導しており、単世帯向け住宅の着工は0.2パーセントの減少となりました。先行きの指標となる建設許可件数も全体で3パーセント減少しています。一方で、6月の米鉱工業生産指数では、耐久財の落ち込みが重しとなり製造業の生産が横ばいにとどまりました。ただし、鉱工業生産全体としては0.1パーセントの上昇を維持しています。

ミシガン大学が発表した7月の米消費者態度指数速報値は54.4となり、6月の49.5から大幅に上昇して市場予想を上回る5カ月ぶりの高水準を記録しました。このセンチメントの改善は、7月上旬にかけてガソリン価格が下落し、家計の圧迫が和らいだことが背景にあります。また、消費者のインフレ期待は、1年先が年率4.2パーセント、5年から10年先が3.3パーセントとなっており、依然としてインフレへの警戒感は残っているものの、幅広い層で経済状況に対する認識が改善しています。

地政学リスクの面では、米国とイランの対立が激化しており、停戦の実現は極めて困難な状況にあります。両国の攻撃は橋やインフラ設備、チャバハール港の監視塔、さらには原油タンカーにまで拡大しています。この影響で原油市場の供給懸念が高まり、ブレント原油価格は3.5パーセント以上急伸して1バレル87ドル近辺での取引となりました。また、通商・外交政策においては、トランプ米政権が香港に対する優遇措置を復活させ、中国側がこれを二国間関係改善に向けた重要な一歩として歓迎する動きも見られました。

テクノロジー分野におけるマクロ的な動きとしては、中国のスタートアップ企業であるムーンショットが、米国のトップレベルのシステムに匹敵する新たな人工知能モデルであるキミK3を発表しました。この画期的な技術の登場により、米国企業が競争力を失うのではないかという懸念が急速に広まりました。欧州に目を向けると、欧州連合が域内の銀行セクターにおける非効率性や国家間の障壁を打破するための包括的な改革案を発表し、米国の規制緩和に対抗して競争力を高める姿勢を鮮明にしています。

米国株式市場

本日の米国株式市場は、ハイテク株を中心とする大規模な売り優勢の展開となりました。ダウ工業株30種平均は52146.42ドルで取引を終え、0.77パーセントの下落となりました。また、S&P500種株価指数は1.01パーセント下落して7457.69となり、ハイテク株比率の高いナスダック100指数は1.40パーセント安の25520.24と最も大きな下落率を記録しています。S&P500種株価指数を構成する11セクターのうち10セクターが下落し、原油高を背景としたエネルギーセクターのみが上昇する全面安の展開でした。

株式市場全体を下押しした最大の要因は、人工知能インフラに対する巨額の資本支出が今後も持続可能かという強い警戒感です。中国ムーンショットの高性能なオープンソースモデルの発表により、最先端モデルの開発競争において米国企業が優位性を維持できるかどうかに疑問符がつきました。これにより、これまで市場を牽引してきた半導体セクターに対する利益確定の売りが殺到し、フィラデルフィア半導体株指数は一日で4.8パーセント急落しました。同指数は直近の高値から20パーセントを超える下落となり、本格的な弱気相場入りを示唆しています。

個別銘柄の動向に目を向けると、ハイテク株からの資金逃避の受け皿となったアップル(AAPL)が0.4パーセント上昇しました。同社はHSBCから投資判断の引き上げを受けたことも好感され、時価総額は4.9兆ドルに達しました。対照的に、エヌビディア(NVDA)の株価は3.7パーセント下落して時価総額が4.8兆ドルに縮小したため、アップル(AAPL)が世界トップの時価総額企業の座を奪還しました。他の半導体関連銘柄も軒並み急落しており、インテル(INTC)、アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)、ブロードコム(AVGO)、マイクロン・テクノロジー(MU)などが大きく売り込まれています。

その他の主要銘柄では、ネットフリックス(NFLX)が7.3パーセントの急落を記録しました。同社が発表した第3四半期の収益見通しが2023年末以来の低い伸びにとどまったことに加え、市場が注目する視聴者データの開示頻度を減らす方針を示したことが嫌気されました。また、先月新規株式公開を果たしたスペースX(SPCX.O)は5.4パーセント下落し、公開価格を割り込みました。同社はスターシップ・ロケットの重要なテスト飛行を直前で中止したことが響き、6月の高値からすでに1兆ドル以上の時価総額を失う厳しい局面を迎えています。

日本株式市場

本日の日経平均株価の終値は前日比2694円42銭安の6万4141円12銭と大幅に続落し、下落率は約4.0パーセントとなりました。また、TOPIXの終値は3919.21となり、下落率は2.7パーセントとこちらも大幅な続落で取引を終えています。前日の米国株式市場においてハイテク株や半導体関連株が大きく売り込まれた流れを引き継ぎ、東京市場でも寄り付きから運用リスクを回避する動きが広がりました。日経平均株価は取引時間中に一時4000円を超える下げ幅を記録し、歴代5位の急落となって約1カ月ぶりの安値水準に沈んでいます。

市場全体の地合いを大きく悪化させた背景には、これまで相場を牽引してきたAIおよび半導体関連銘柄における過熱感の剥落と、それに伴う信用取引のポジション解消の動きがあります。本日は韓国市場が休場であったことに加え、週明けの日本市場が祝日で3連休となることから、持ち高を圧縮して先行きのリスクを回避しようとする売りが加速しました。さらに、台湾の大手半導体メーカーが過去最高の好決算を発表したにもかかわらず米国や台湾の市場で株価が下落したことで、好業績はすでに株価に織り込まれているとの見方が広がり、投資家心理を一段と冷やす結果となりました。

個別銘柄の動向としては、指数寄与度の大きいソフトバンクグループ(9984)や東京エレクトロン(8035)、アドバンテスト(6857)が軒並み急落し、日経平均株価を大きく押し下げました。半導体関連ではSUMCO(3436)が一時ストップ安水準まで売られるなど、関連銘柄への売りが連鎖しています。一方で、内需関連や好決算を発表した銘柄には資金が向かいました。ポーランドのコンビニエンスストア最大手であるジャプカグループへの出資観測が報じられたセブン&アイ・ホールディングス(3382)は海外事業の成長期待から大幅に続伸しました。また、好決算や値上げの検討が好感されたサイゼリヤ(7581)や、今期の増収増益見通しを発表したブックオフグループホールディングス(9278)が上場来高値を更新するなど、ディフェンシブ銘柄の一角が相場を下支えする動きも見られました。

債券市場

本日の米国債券市場では、インフレ鈍化を示すデータが原油価格の反発を相殺する形となり、利回りが低下しました。指標となる10年国債利回りは4.55パーセントへと小幅に低下しています。また、金融政策の動向に敏感な2年国債利回りも週間で3ベーシスポイント低下し、4.18パーセントとなりました。今週発表された消費者物価指数や生産者物価指数のデータがインフレの減速を示唆したため、政策金利の変更に影響を受けやすい短期ゾーンを中心に、幅広い年限で利回りが押し下げられる展開となりました。

このインフレ関連の指標を受けて、市場参加者の間では連邦準備制度理事会が7月の会合で利上げに踏み切るとの観測が急速に後退しました。0.25パーセントの利上げが行われる確率は、一時50パーセント程度から約15パーセントにまで低下しています。しかしながら、中東情勢の緊迫化に伴う原油価格の上昇が将来のインフレ圧力となることが意識され、年末までの利上げの可能性を完全に排除する動きには至っていません。投資家は、インフレ鈍化の兆候とエネルギー価格上昇のリスクという相反する材料の狭間で慎重な姿勢を崩していません。

連邦準備制度理事会の高官からは、インフレに対する警戒感を強調するタカ派的な発言が相次いでいます。ケビン・ウォーシュ議長は議会証言において、インフレ率が依然として目標を上回っているため、任務完了を宣言できる状況にはないと明言しました。さらに、クリーブランド連銀のベス・ハマック総裁は、消費が堅調に推移する中で高止まりするインフレが最大の懸念事項であると指摘しています。ダラス連銀のローリー・ローガン総裁も、インフレが持続的に2パーセントの目標に戻る軌道にはないとして、緩やかな金利引き上げを支持する姿勢を鮮明にしました。

欧州の債券市場を取り巻くマクロ環境については、イタリア中央銀行が今年の同国の経済成長率見通しを従来の0.5パーセントから0.6パーセントへ上方修正したことが注目されます。これは第1四半期の経済活動が予想を上回る力強さを示したことを反映したものです。ただし、中東における紛争の激化やエネルギー価格の高騰が春以降の設備投資や家計消費を減速させている可能性が高いとの警告も発せられており、ユーロ圏全体の成長や金融政策に不確実性をもたらす要因として、欧州の金利動向にも複雑な影響を与えています。

為替市場

為替市場では、米ドル相場の変動リスクに対する警戒感が後退しています。ブルームバーグ・ドル・スポット指数の1カ月物インプライド・ボラティリティは、今年最も低い水準にまで低下しました。このボラティリティの低下は、3月の中東での紛争勃発時に見られた急上昇からの顕著な反落を示しています。連邦準備制度理事会の金融政策の先行きに不透明感があり、米国とイランの紛争が再燃している状況下であっても、世界の基軸通貨であるドルを大きく揺るがすような決定的な要因は当面発生しないと市場参加者が判断していることが背景にあります。

このような為替市場の低いボラティリティと、米国株式市場の相対的な底堅さが相まって、投資家の間ではキャリートレードへの資金流入が加速しています。金利差から収益を得るキャリートレードは、為替レートやリスク選好度が安定している環境下で最も高いパフォーマンスを発揮します。この戦略の普及により、レバレッジファンドやアセットマネージャーなどの投機筋は、米ドルに対して400億ドルを超える巨額の買い越しポジションを積み上げており、これがドル相場を強力に下支えする要因となっています。

主要通貨の動向を見ると、日本円はこのドル買いキャリートレードの主要な資金調達通貨として継続的に売られる展開となっています。最近の機関投資家向け調査によれば、グローバルなポートフォリオマネージャーの円に対する弱気姿勢は約4年ぶりの強い水準に達しており、金利差を背景とした円売りの圧力が極めて強い状態が続いています。一方、ユーロについては、全体的なボラティリティの低さに支えられて対ドルで比較的安定した推移を見せているものの、ドル・キャリートレードの根強い人気がユーロの大きな上値追いを抑制しています。

当面はキャリートレードに有利な環境が続いている為替市場ですが、地政学的なリスクが過小評価されているとの指摘も少なくありません。米国とイランの紛争激化によって原油価格がさらに急騰し、インフレ懸念が再燃した場合、マクロ経済のボラティリティが突如として跳ね上がる可能性があります。歴史的に市場の変動率が高まりやすい8月に向けて状況が変化すれば、現在積み上がっている巨額のドル買いポジションや円売りのキャリートレードが急速に巻き戻され、為替相場に大きな波乱をもたらすリスクが潜んでいます。