KZ 著
令和8(2026)年3月12日
はじめに
本レポートは、イラン-米国の軍事衝突の終結を、「完全終戦」ではなく、「高強度のミサイル・無人機戦がいつ維持不能になるか」という点について、軍事的・政治的目線で推測したものである。目下の戦況では、イランの攻撃密度がすでに低下傾向を示している一方で、米国・イスラエル側も迎撃弾(パトリオットミサイル)の在庫、補充速度、政治的許容度という制約に直面している。
そのため本レポートでは、発射能力・迎撃能力・政治日程の3つの論点を整理・統合し、想定されるシナリオをまとめた。
サマリーポイント
- イランのミサイル残存量には大きな推計幅があるが、重要なのは総数そのものではなく、どの程度の密度で、どれだけ広い戦域に、何日連続で攻撃を継続できるかである。
- 現時点では、イラン側の高強度攻撃は、発射機、基地、地下施設、補給の損耗によって制約されつつある可能性が高い。
- 米国・イスラエル側の迎撃継戦能力はなお維持されているが、PAC-3やTHAADは補充速度の制約を受けており、無制限の防空継続を前提にはできない。
- 米政権には、ガソリン価格上昇と4月末の War Powers Resolution、6月のワールドカップ、7月4日の建国250周年、11月の中間選挙といった政治・日程上の制約があり、高強度戦闘を長期化させにくい。
- したがって本レポートの本命シナリオは、4月末〜6月に高強度のミサイル・無人機戦が峠を越える一方、ホルムズ海峡を軸とする海上妨害やエネルギー・物流面の混乱はその後もしばらく残る、というものである。
- イラン・米国・イスラエルの行動によっては、早ければ3月末〜4月に高強度フェーズが目に見えて後退する可能性もある。
- 結論として、対イラン戦争は「いつ完全に終わるか」よりも、高強度戦闘がいつ縮小し、その後に低強度の攪乱がどれだけ残るかという二段階で捉える方が実態に近い。
第1章 イランの攻撃継続能力
本章では、イラン側の弾道ミサイル・巡航ミサイル・無人機について、イスラエルおよび湾岸諸国・米軍基地に対する直接攻撃を対象に、高強度攻撃を維持する能力がどれだけ残っているかを推測する。ここでいう「維持能力」とは、残弾総数そのものではなく、日次発射能力、発射機・基地・地下施設の残存数、補給と再装填の継続性を指している。
1-1 ミサイル残存量
イランのミサイル残存量はどれほどだろうか。Reutersによれば、開戦前の保有量推計にはばらつきがあり、イスラエル軍の発表では約2,500発とされている一方で、アナリストによっては約6,000発に達するという分析もなされている。したがって、「現時点でイランが何発兵器を保有しているのか」を断定することは非常に難しい。重要なのは、これらをどの程度のテンポで、どれほど広い戦域に、何日連続で投射できるかである。
その点では、開戦初期の発射規模は相当なものであった。Reutersが3月10日に整理した湾岸各国の公表データを合算すると、UAE、カタール、バーレーン、クウェート向けだけでも、少なくとも605発のミサイル類、1,987機のドローン、さらに15発の巡航ミサイルが確認されている。しかもこの数字は3月9日時点までの集計であり、サウジアラビアとオマーンのデータは未公表、クウェートについても一部期間の迎撃内訳が欠けている。このため、全体像としては過小評価というより、むしろ上振れ余地を残した集計とみるべきであろう。
その一方で、直近で観測されている発射数は低下している。JINSA(シンクタンク)の集計を見ると、2月28日の開戦初日には弾道ミサイル428発、ドローン345機だったものが、3月10日にはミサイル24発、ドローン48機まで低下しており、過去7日平均でもミサイル39発、ドローン143機/日となっている。
この発射数の減少には2つの理由が考えられる。一つ目は米国・イスラエルの攻撃によって発射能力そのものが損なわれたというものである。米軍・イスラエル軍の作戦は、ミサイルを送り出すためのシステムを破壊することに重点が置かれている。2つ目は、イランが長期戦に備えて弾薬を温存しているというものである。Reutersも3月5日付記事で、発射数の減少について、攻撃による損耗だけでなく、長期の消耗戦に備えた温存の可能性があると指摘している。
1-2 無人機
ミサイルに絞ると、イラン側の継戦能力は低下しており、軍事衝突は数日中に終結しそうに感じるかもしれない。ただ、無人機・ドローンに目を移すとどうだろうか。Reutersは、イランのドローン生産能力を月1万機規模と伝えており、これはミサイル在庫よりもはるかに再生産しやすいことを示唆している。これらの無人機は石油インフラに損害を与え、空港を閉鎖に追い込み、高コストな軍事装備を破壊してきた。飛行速度は遅く発見も比較的容易だが、その圧倒的な数が迎撃ミサイルの在庫を消耗させている。
以上を踏まえると、イランは、無人機を用いた継続的な攪乱能力をなお相当程度維持している一方で、高密度のミサイル戦を支える実効能力は、残弾総数そのものよりも、発射機・基地・地下施設・補給の損耗によって先に制約されつつある可能性が高い。したがって、イランはまだ継戦能力をある程度維持している一方で、開戦当時と同じ強度で攻撃をできるかに絞ると、疑問符が付くだろう。
第2章 米・イスラエル側の迎撃継戦能力
第1章ではイラン側の高強度攻撃の維持能力に焦点を当てたが、高強度攻撃の継続には、米・イスラエル側がイラン側の攻撃を何日間迎撃し続けられるかによっても左右される。ゆえに第2章では、迎撃ミサイル在庫、補充速度、迎撃コストを考える。
Lockheed Martinは2026年1月、PAC-3の年間生産能力を約600発から2,000発へ引き上げる計画を公表した。THAAD迎撃弾も年96発から年400発へ拡大する計画が進んでいる。ただし、これらはあくまで中長期的な能力増強であり、現在進行中の戦争における数週間単位の需給逼迫を直ちに解消するものではない。このためホワイトハウスは、イラン戦による在庫取り崩しを受けて、主要防衛企業に対して生産拡大を直接要請している。
さらに今回の戦争では、迎撃需要がイスラエル一国に集中しているわけではない。イランは湾岸の米軍・同盟国拠点にも攻撃を続けており、防空負担はイスラエルに加えて湾岸諸国と米軍基地へ横に広がっている。実際、Reutersはイラン戦争によってウクライナ向け兵器供給が圧迫され得ると報じ、Bloombergの記事では、韓国配備の一部迎撃ミサイルが中東方面へ再配置された可能性にも触れている。これらを踏まえると、米国・イスラエル側の迎撃継戦能力は、PAC-3とTHAADの増産計画によって中長期的には再強化される傾向にある一方で、足元ではなお消費速度が補充速度を上回りやすい構造が続いている。
このような現状の中で、防空側の対応として最善策なのは、迎撃需要そのものを減らすことである。これは第1章の議論ともつながるが、防空側にとって最善策は迎撃弾を消費し続けることではなく、相手の発射テンポを先に落とすことである。言い換えれば、第2章の中心は「あと何発防げるか」だけではなく、迎撃弾が尽きる前にどこまで攻撃密度を削げるかにあると言えるだろう。
第3章 政治的観点
継戦能力は軍事技術だけでは決まらない。法制度上の期限、ガソリン価格を通じた有権者の痛み、国際イベントと政治日程が、高強度戦闘をどこまで引き延ばせるかを強く左右する。
まず、最初の明確な節目は戦争権限法(War Powers Resolution)である。米国では、大統領が米軍を交戦またはそれに準ずる状況へ投入した場合、48時間以内に議会へ書面報告を行う必要がある。また、議会による宣戦布告や個別の法的承認がないままであれば、報告日または本来報告すべき日から60日以内にその軍事行動を終結させるのが原則である。したがって、今回の対イラン軍事行動について議会承認がないのであれば(現状はない)、4月末ごろが実務上の重要な区切りになると整理できる。議会が明示的に承認する、政権が別の法的根拠を主張することで、この法律を回避することができる点は注意が必要であるが、それでも4月末という日付は、政権にとって説明責任を強く問われる最初の壁であり、軍事目標が曖昧なまま高強度作戦を引き延ばすハードルを高める。
次にスポーツ界に目を移すと、6/11からFIFAのワールドカップがアメリカ・カナダ・メキシコで開催される。FIFAは中東情勢が緊迫しても予定どおり開催する考えを示しており、主催国である米国にとって、少なくとも大会開幕時点までに、自国が深く関与する高強度戦争を続けている状態は、外交、治安、イメージの面で望ましくない。したがって、高密度のミサイル戦や海峡封鎖のような目に見えて重い局面を、それ以前にできるだけ薄めたい日程として、6/11が重要であると整理できる。
次の節目として、7/4の建国250周年記念日は無視できない。ホワイトハウスでのUFCイベント構想など、政権がこの節目を大きな政治的・象徴的イベントとして活用しようとしている。そういった意味で、7/4までに戦争が完全終了していなくても、少なくとも米国内では、祝賀ムードを損なう高いガソリン価格、海峡混乱、米軍死傷者の増加、出口の見えない戦争を避けたい圧力が強まりやすい。4月末が制度上の節目、6/11が国際イベント上の節目だとすれば、7/4は国内演出上の節目として機能するだろう。
最後に、最も重要な政治的節目は、11月3日の中間選挙であろう。Reutersは、エネルギー高が与党・共和党の議会多数維持にとって大きなリスクになり得ると報じており、「生活コストを抑えられていない」という印象は、無党派層には響きやすい。実際、Reuters/Ipsos の3月9日公表調査では、67%の米国人がガソリン価格はさらに上がると予想し、対イラン攻撃への賛成は29%にとどまった。米国の平均ガソリン価格は3月10日時点で1ガロン3.54ドルとなり、開戦後に約19%上昇したが、ホワイトハウスはこの上昇を「一時的」と説明している。ただ一方で、石油業界との協議や対策検討も進めており、政権自身も、エネルギー価格が単なる市場変数ではなく、戦争継続の政治コストになっていることを認識している。
以上を踏まえると、対イラン戦争の高強度攻撃の維持は、軍事能力だけでなく、4月末の法制度上の節目、足元のガソリン価格高騰、6/11のワールドカップ開幕、7/4の建国250周年、11/3の中間選挙という複数の制約に左右されるだろう。特に最も重要なのは4月末と11月の選挙であり、春から初夏にかけて攻撃強度を落としたいという政治的圧力が積み上がっていると整理できるだろう。
最終章 想定シナリオ
第1章から第4章を考慮すると、高強度な軍事衝突の終結シナリオは大きく分けて「① 4月末から6月」「② 3月末から4月末」「③ 長期化」の3つを想定している。現時点の重みづけは、本命は「① 4月末から6月」、次点は「② 3月末から4月末」、テールは「③ 長期化」である。
理由は、イラン側の攻撃密度低下、迎撃側の需給ひっ迫、4月末の制度上の節目、足元のガソリン高、そして6月のワールドカップまでにピークを越えたい政治的誘因が、おおむね同じ方向を向いているためである。一方で、ホルムズ海峡の問題は軍事的ピークアウトより遅れて残りやすいため、もしシナリオ通りに4月末から6月に事実上の終結があった後も、小規模の軍事衝突は発生する可能性がある。
以下では、シナリオ①〜③の詳細について述べる。
シナリオ① 本命(5〜6月)
現時点で最も自然なのはこのシナリオである。イラン側の高密度ミサイル戦は春の間にさらに細る一方、無人機、海上妨害、散発攻撃は残り、米国・イスラエル側も迎撃弾の消耗と政治コストを踏まえつつ、「高強度フェーズは峠を越えた」状態を5〜6月に作りにいく流れである。Reutersは、FIFAが2026年大会について「延期できる規模ではない」として予定通り開催する立場を示していると伝えており、米国としても6月11日の開幕までに、自国が深く関与する戦争のピークを過ぎた形に見せたい誘因が強い。
このシナリオの特徴は、軍事的な緩和と経済的な正常化が同時には進まないことである。ホルムズ海峡では、海運業界が求める護衛を米海軍が現時点で十分に提供できず、通航量は大きく落ち込んだままである。したがって、5〜6月にミサイル戦のピークが終わっても、原油、LNG、ディーゼル、保険料、物流コストにはなお尾を引く可能性が高い。このシナリオは、「高強度フェーズの終息」と「低強度の海上・経済攪乱の残存」が併存するという意味で、これまでの各章を最も素直に統合した形である。
シナリオ② 早期収束(3月末〜4月)
このシナリオでは、イラン側の高密度ミサイル戦が想定以上の速さで細り、米国・イスラエル側が4月末までに「主要軍事目標はおおむね達成した」と位置づけて、作戦強度を目に見えて落とす。根拠は三つある。第一に、ペンタゴンがすでに、イランの発射数低下を兵器在庫と発射機への打撃の結果として説明していること。第二に、議会承認なき軍事行動には4月末ごろという制度上の圧力があること。第三に、ガソリン価格高騰が政権・与党にとって早くも政治問題化していることである。
シナリオ①でも述べたが、この「早期収束」は完全停戦を意味しない。ここで終わるのは、あくまで開戦初期のような高強度・高頻度のミサイル戦である。ドローン、散発的報復、ホルムズ海峡周辺での妨害行為は、その後も残り得る。したがって、このシナリオの本質は戦争そのものの終結ではなく、戦争の山場が4月までに明確に後退する点にある。
シナリオ③ 長期化(夏以降)
夏以降まで尾を引くシナリオも、完全には排除できない。条件は主に三つある。第一に、イラン側が残弾を温存しつつ、ドローン、海上妨害、複数戦域への分散攻撃へ軸足を移し、低コストで長く圧力をかけ続けること。第二に、米国・イスラエル側が「いつ終えるか」よりも「どこまで成果を出すか」を優先することである。実際、トランプ大統領はこの行動に対する目標がすべて達成されるまでは戦闘は終わらないと述べている。
この長期化シナリオでは、開戦初期のような大規模飽和攻撃がそのまま数カ月続くというより、強度を落としながら戦域を広げ、経済・海運・心理面の負荷を持続させる形が中心になる公算が大きい。
結論
以上の検討から、本稿の結論は明確である。対イラン戦争の終結は、単純な残弾数や一時的な戦果だけでは決まらない。実際には、イラン側の発射能力の低下、米国・イスラエル側の迎撃能力の限界、米国内政治の日程制約が重なり合うことで、終結のシナリオを作成することができると考えている。
現時点で本命のシナリオは、4月末〜6月に高強度のミサイル・無人機戦が峠を越えるシナリオである。4月末の制度上の節目と、6月の国際イベントまでに軍事的ピークを越えたい政治的誘因が同じ方向を向いており、軍事面でもイランの高密度攻撃は開戦当初の水準を維持しにくくなっている。他方で、ホルムズ海峡の安全回復やエネルギー・物流市場の正常化はこれより遅れやすく、高強度フェーズの後にも低強度の海上妨害、散発的報復、経済的混乱が残る公算が大きい。
したがって、本レポートとしては、対イラン戦争を「いつ完全に終わるか」という問いで捉えるよりも、「高強度の山場がいつ後退し、その後に何が残るのか」という二段階で捉える方が実態に近いと考える。早ければ4月までに山場を越える可能性はあるが、より自然なのは4月末〜6月に高強度戦闘が収束し、その後も低強度の攪乱が夏以降まで尾を引くという見立てである。結局のところこの戦争はイラク戦争のように、単純な終戦ではなく、強度を下げながら形を変えて続く可能性を含んでいる。